Diary

道
2021.01.25

これっと決めなくても、たどり着く?

お風呂に浸かりながら、なぜか就職活動の頃の自分を思い出していました。採用枠が少ないのに学生の数が多い就職氷河期といわれる年で、「5業界に資料請求をせよ」と就職部から言われたまま、行きたくもない業界にも資料請求をしていた頃。ある服飾大手のメーカーでの集団面接で「あなたはなぜ我が社に就職したいのですか?」と尋ねられ、洋服メーカーに特に思い入れがあったわけでもない私は、当たり前にうまく答えられず言葉に詰まりました。(本当になぜこの場に来たのかと恥ずかしく、その時の空気を今でも鮮明に覚えています)。その後、自分が好きな食の分野の会社に進みましたが、今はどちらかというと、服飾よりの仕事をしている・・・学生の時には思いもよらなかったことで、そう考えると不思議な気持ちになります。

何かこれからの仕事を考えるとき、人は「私はこの道に進む」ときっちり決めたくなるけれど、その一番最後を決めなくても小さなことでも一番身近な「したいこと」に向かって進んでいけば、自ずと無事自分の道に進んでいくのでは?! 今の時代、人は日々の情報量が多すぎて、そこで見たもの、聞いたもので日々思考がどんどん変わっていくから、1分前の自分はすでに過去。若い時から「将来の夢は◯◯です」って、その道でずっと進んでいけたら達成するスピードもはやくて一番ですが、もし今決められなくても焦らなくていいのだと(若い頃の自分に伝えたくなる)思います。日々の目標を定めて、今年したいことを明確に一生懸命生きていれば、自ずと自分の未来は狭まってそこで固まる。それがもしかしたら、自分の進むべき道なのかもと未だまだ発展途上の私を見て思うのでした。

2021.01.19

cookie

今まで嫌いだったのに、あることがきっかけで突然好きになることってあるのですね。
年末、私の持つ2つの概念?が急に変わりました(自分でもびっくり)。 その一つが「クッキー」。

実は私、昔からクッキーが苦手。なぜか、それはモゴモゴして口中の水分を奪い、歯に詰まる感じがするからで、水分があるチーズケーキが大好きです。(これは余談ですが)でも昨年末、スタッフが買ってきてくれたクッキーを食べた瞬間、急に私の中のクッキー概念に変化が!!
「クッキーってこんなに美味しんだ!」と、初めて思ったのです。このことは私にはすごく衝撃的なこと(何せ、この歳になるまでほぼ手に取ってこなかったし作りもしなかったので)無視同然だった可哀想なクッキーの存在にムクムクっと興味が湧いてきました。

そしてそれと別に、ずっと考えていることがあり、、、それはグリュックントグーテのonline storeでお買い物してくださるお客様のことなのですが、ご購入くださる方が不思議と本当に良い方ばかりで(可能ならばお一人お一人と対談したいぐらい)、さらにはリピートくださる方も多く、いつもご注文くださるとき、何か気持ちとなるものを同封できないかなとずーっと考えていました。ただ、大きいとネコポスなどサイズに限界がある場合入らなくなるし、小さくて軽いもの。そして、何よりも同封されていたら喜ばれるもの・・・うーん、何だろうって思っていました。

それが年末、クッキーへの想いが急に変わったことで、この2つが頭の中でガチッとタッグを組んだのです。今考えているのは、クッキーは販売用ではなく、喜んでいただきたいという想いだけの+1(プラスワン)クッキーであるということ。「思い立ったら吉日」ということで、年始から週末。クッキーの試作をしています。理想の味はあるのですが、元クッキー嫌いの私なので「美味しい!」と思えるものはちょっとやそっとでは作れないはず。まずは100回試作して、そこから何か見えたら、何をどうするか決めようと思っています。(長らく時間がかかりそうです)忘れた頃にできるかもですが・・・2021年は柔軟に、いろいろなことにチャレンジしていこうと思います。

お家時間が増えて、お菓子作りされている方も多いかな思います。何作ろうかなから始まり、ちょっとしたのクラブ活動のようですよね。息子が興味津々で参加してくるので、自分のペースをまんまと崩されますが、どうにかこうにか、まずは100回続けてみようと思います。

2021.01.05

新年あけましておめでとうございます。
今日も晴れて明るい空が広がっています。

世の中は「風の時代」に入ったそうですね!(今朝はじめて聞いたのですが)いろんな時代を生き抜くということは、変化に柔軟になることなんだろうなぁと思います。私は幼い時から父が転勤族だったため、その地に馴染んだかなと思ったら、次の場所と移動を余儀なくされて育ちました。なので小学校は1回、中学校は2回、その後も引越しは続き、生まれてからこれまで13回ぐらい引越したような…。どこが生まれ育った地なのかがはっきりせず、出身地も幼なじみという存在もなく寂しいときもありましたが、今となっては今後を生き抜くための勉強をさせられていたのかなと最近つくづく思います。ただ、どんな時代も一定ということはなく、山あり谷ありの日々、これからもあまり世の中の動きに捉われず、自分らしく思い悩まずに(ストレスが一番だめですね)進んでいけばいいのかなと思います。そして、「悪いことも良いことも全てに意味がある」と捉えて、悪いことがあっても落ち込まなず、考えすぎず、前を向いて上を向いて一歩一歩進んでいけたらと思っています。

グリュックントグーテとしては、一人で始めて未完成の部分がまだまだたくさんあるので、働いてくれるスタッフも楽しくなるような場所にしていきたい、今後に向けて体制を整えつつ、もっと心地よく履いていただけるもの、喜んでいただけるもの、楽しんでいただけるもの、笑顔になっていただけるものをつくるために努力していこうと思っています。実際に「できました!」ってお伝えできることを夢見て。

空に広がる羽ばたく鳥のような雲。どこでも自由に思うがまま生きれる世界が早く戻ってきますように。マスクを外して皆で食事を囲める穏やかな日が早くきますように。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2020.12.30

2020

今年も1年ありがとうございました。
2020年、初日の出を見に早朝に起きて出かけてから一年。オリンピックイヤーでどんな輝かしい一年になるのかなと思っていたらこんな大変な年になるなんて!一時はどうしたらいいのか、不安と恐怖でいっぱいになりましたが、未来が見えないのならば、今この時をとにかく一生懸命過ごそうと思った一年でした。特に靴下は秋冬がシーズンなので、「自分が倒れたら終わり」という意識が強く働いて、休みなしのスケジュールを見ながら、9月からはなお一層子供たちの体調管理と自身の体調管理を意識するようになりました。まずは夜の残業を減らし23時には寝るように、そしてその分朝早く目覚めて、保育園の往復で毎日30分歩くことを意識。それは、オンラインヨガをしていたにもかかわらず、オーバーワーク気味だったのが原因か9月に急に腰に激痛が走り「このままではダメ、生活習慣を改めよ」との体から大きな宣告があったことが大きく影響しています。

でも、後になって考えると、良い事ばかりの人生より辛い経験がある人生の方が、人は成長するきっかけを与えられて、自然と壁を超えられるのかもしれませんよね。悪いことに目を向ければ辛すぎますが、悪いことあれば同じぐらい良いこともあるはずで、谷があれば山がある、雨が降るからこそ虹が出る(おっと止まらない)。ただ気を張り続け緊張状態で過ごしすぎて、時に疲労困憊で栄養剤を飲む時もしばしばありましたが、ご愛用くださるみなさまからの嬉しいお声や、やさしいお言葉で、日々たくさんの勇気をいただき12月まで元気に過ごすことができました。
onlineでお選びくださるお客様の存在、企画展に足を運んでくださるお客様の存在、大切に靴下をお取り扱いしてくださるお店、店主の皆さまの存在、そして製作してくださる工場の方の存在、すべての方の存在があったからこそ乗り来られたと思います。深く感謝しています。

今年もご愛用いただき本当にありがとうございました。すでに今年の反省も含め、来年に向けて課題山積みですが、もっともっと喜んでいただけるものがご提案できるよう気を引き締めて頑張りたいと思います。

寒くなりますのでお身体に気をつけて、楽しく穏やかな年末年始をお過ごしくださいませ。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

グリュックントグーテ 辺牟木ちさと

2020.09.11

腰に魔女がやってきた

思いがけないことに、この5日間「ぎっくり腰」で辛い日々を送っていました。とにかく寝ても起きても座っても周期的に耐えがたい激痛(電気のようなピリピリした痛み)が体を襲って、就寝するも体が痛すぎて寝返りがうてず、毎晩 朝まで同じ体勢で石のように固まって寝ていました。目覚ましがなっても止められないし、朝起きるのもまた一苦労。何かに捕まり腕の力だけで体を持ち上げて立ち上がる、それだけに20分もかかりました。
「ぎっくり腰」になる1分前まで、いつもの変わらぬ元気な自分。私の場合、グキッとしたわけでなく、座っていたら腰に違和感がじわじわ広がり、なんだろうと思っていたらだんだん激痛に変化していったのです。ドイツなどでは、ぎっくり腰は魔女の仕業として、「魔女の一撃」といわれるらしいのですが、本当にそのとおり、私は「自分の腰に魔女がきたのだ」と思えてなりませんでした。とはいえ、シーズンの準備で忙しい時期、寝てるわけにもいかず(まず寝るのが辛い)一日でも早く治したくて整形外科や近くの整骨院にも行ったのですが余計痛くなるばかり。ここ数日は仕方なく飲みたくもない痛み止めを飲んでしのいでいました。そんな中、ホメオパシーが効くかもしれないと、先日買った本を出してきて、長くホメオパシーをしているスタッフに適合しているレメディを教えてもらいながら実践! 腰など大きな関節の痛みにきくもの、3種を10分おきで飲むなど、自ら実験台になったことで本を読むだけとは違い、その考え方や使い方が少し理解できたように思います。
そして今日家の階段を上っていたら足がとても重いことに気づき、痛くて触れることもできなかったふくらはぎに手をやると、ありえないほど張ってコチコチに固まっていることに気づきました。このままではぎっくり腰どころか、別の病気になってしまう。仕事の合間、腰に負担がいかないようにゆっくりふくらはぎをほぐしていたら、夕方、魔女が急に去りました。あの激痛が嘘のように急になくなりました。
それにしても原因は何なのか・・・
整体の先生は、長いデスクワークもあるけれど、オンラインヨガで自分で股間節を強く伸ばしすぎたこともあるかもと。同じ姿勢を続けている、ちょっとした癖などで、腰に負担がいくようです。体の小さなサインに気づいて私と同じようにならないように、みなさまどうかお気をつけくださいね。
自分の体と向き合う
2020.07.27

自分の体と向き合う

人それぞれのルーティン。みなさんはどんなルーティンをお持ちですか。私の場合、自宅で仕事をしているので、スタッフがきてくれている夕方まで仕事場にいて、その後、珈琲を淹れて一息ついた後、外の空気を吸うべく庭に出て畑の土を耕したり、雑草を抜いたり、座り仕事で固まった体をほぐして(仕事と家事へのリセット)そこから夕食づくり、お風呂、息子の寝かしつけと進むのですが、6月半ばから長い雨の季節に入り、庭に出ることが難しくなってしまいました。

ならば 庭に出ていた時間を何の時間にあてようか。考えて、真っ先に頭に浮かんだのが「ヨガ」でした。

毎朝8時、決まって近所にある会社のラジオ体操が始まります。離れているので音楽などは聞こえないのですが、社員の方が全員外に出て体操する姿は間違いなくラジオ体操。私も合わせて、体操に加わってみたところ、あれ、前屈がここまでしか曲がらないなどなど自分の体が硬くなっていることを発見。朝って夜より体は凝り固まっているのでしょうか?時折あった不調めいたものは、実はこの体の硬さに関係するのでは!とピンと来てこのままにしていたら将来大変、これはやばい!と思っていたのです。「思い立ったが吉日」ということで、早速ネットでヨガマットを購入。マットが届くや否や、オンラインヨガを検索し、イヤホンを耳にして、目に留まった先生のヨガレッスンを早速はじめてみました。まずは習慣化する3週間が目標です。

学生時代、柔軟だけは比較的得意な意識があったのですが、実際やってみると思ったように曲がらず、とにかく股関節まわりがとても硬い。出産後、きちんと体をケアしなかったからかなぁとか思いあたる節はたくさんありますがとにかくすればするほどマイナスの発見がたくさん。でもこのカチコチ体を認識したことが逆に自分の心に火をつけました。「こうなったら絶対体を柔らかくするぞ」と 半分意地になる感覚で庭に出ていた時間帯の1時間弱もの間、自分の体と向き合いはじめました。ヨガをされている方は沢山いらっしゃると思うので、わかっていただけると思うのですが体ってすれば答えてくれるのですね。昨日できなかったことが、今日少し楽になっていたりましになっていたりする。そしてヨガをしている間、当たり前に無言ですが
自分の体とは随時会話しているのです。少し無理をするので、毎日筋肉痛ですが、徐々に軽くなって、身体というのは頑張ればついてきてくれるものなのだと実感。手が床につかなかった前屈も1ヶ月すれば、手のひらが少しつくようになってきました。

高校生のころ『医食同源』が座右の銘だった私は、朝昼晩たべたものを毎晩自作の「食事日記」につけて、今日1日 何の栄養素が足りないかをチェックしていました。それがきっかけで高校時代は特に栄養にとても興味があったので今でもそれが癖になっている?というか、気を配って食べてしまいます。そして仕事柄、足(体)を冷やさないことも習慣化しています。

でも今回ヨガを通して、健康でいるためにはどれだけ食事に気をつけても体を冷やさないよう注意してても、だめなのだと痛感しました。やっぱり一番重要なのは「血流」なのだと。そう、動かなければ全身に血が巡らない。血流を促し、全身に行き渡らせることが大事なのだと今ヨガを通して感じています。どんなに食事に気を配っていても血が滞ると、疲労とともに悪いものがたまって不調を起こす。逆に全身にうまく血を巡らせると、体は調子を取り戻すようになっているのではないかと思います。

目標は高く(高すぎますが)180度開脚!まさに今、股関節を広げている最中です。娘が小学生のとき新体操を習っていたので180度開脚の練習も一緒にしていたのですがその時は自分がしたいという思いは全くなく、今になってトライしたくなるなんて、未来は思いもつかないことが起きるものですね。やるならもっと早く30代から初めていれば今違ったのになぁ、とも思いますが私にとって機が熟したのは今だから、今じゃなきゃだめだったのかも、とも思います。将来に向けての身体づくりは自分との戦い。無理せず少しずつ がんばりたいと思います。

2020.06.24

土日の時間の使い方

平日と土日祝日の大きな違いは、朝、目覚ましをかけて起きなくていいことと、子供たちが1日いることの二つ。ただ、朝が大好きな息子は私を寝かせてはくれず、早朝 目がぱちっと覚めた途端から、私が熟睡していようとガンガン話しかけてくるので、朝寝を楽しむということはできず、結局平日と同じ時間に起きて、同じような朝の時間を過ごします。

仕事に関してもそうで、ご注文をいただけることが嬉しいのと、ご注文をくださる方がずっと待ってくださっている気がして、すぐに発送したくなるためグリュックントグーテがスタートしてからこれまでずっと、出張や帰省等で長期 家を空ける時以外は土日であろうと祝日であろうとPCに向かい発送作業をしています。

平日は配送を手伝ってくれているスタッフにすこしずつお任せするようにしているのですが、土日はお休みなので、その時にきたご注文は私の担当。

なので、子供たちが休みでも、私は家事の合間にPCに向かい仕事場にいることが多く、外出する際も、発送の時間を常に気にして動いたり、仕事と日常が一体化しています。子供たちは私のそんな行動も理解してくれているので問題ないのですが、土日は買い出しもあって忙しく、配送に集中しているつもりでも、母業が時折入ってくるので、とうとうこの間ミスをしてしまいました。

その時に、やはり日常と仕事は分けるべきなのかもしれない、土日は家族との時間を楽しんだり、いろいろ吸収したり振り返ったりすることに時間を費やすべきなのかも、、との考えが急に現れてきました。

グリュックントグーテのお客様は、本当に良い方ばかりなので、私が焦ってるだけで、もしかしたらお客様は待ってくださるのかもしれない。実際、家の中は衣替えが曖昧だったり、優先順位が低い片付けがなかなか進んでいなかったり丁寧な暮らしができているとはいえず、、、でもそれは仕方がないことだと思っていました。

でも、心の奥底では、土日は朝食をフレッシュジュースにしてみたり、いつもと違うスタイルを楽しめたらなんて素敵だろうと思っていたりする。実際はそんなに器用に動けなくて、いつもと同じ具沢山お味噌汁と玄米ご飯になってしまっているのですが。

ただ、そう考えだすと、目を伏せている部分や諦めている部分が結構あることに気づき、一人でお風呂に浸かりながら「やはりこのままでは進化できないのかもしれない、変えないかなきゃいけないのかも」なんて、これまで長年考えもしなかったことがいろいろ出てきて、ここのところ、自分の心の声と向き合っていました。
でも土日祝お休みにすることについて思い切れないのがお客様に不都合なのではないかということ。どうしたらいいのか、、、そして、ようやく結論が出ました。

勝手ながら7月からオンラインストアの発送は平日のみにさせていただきますが(ここ大事で)お急ぎの時は、構わずお知らせください。誕生日やお祝いなどで、早く出して欲しいというときは、土日祝日でも発送いたします。なので、どうしてもという時は、遠慮なさらずに備考欄にお知らせいただきたいのです。

長年ずっと、このスタイルでやってきたので、ご注文がきたら「すぐ返信したい、お送りしたい」と思ってしまいそうですが、これから よりきちんとした仕事をするために、7月から少し変えてみようと思います。土日祝日の子供がいる日は、仕事から頭を少し離してみようと思います。ルーテインを少し変えてみると、そこから見えることがきっとあるはず。そしてそれがまわりまわってグリュックントグーテがいい方向に進むような気がするのです。

とはいえ、ご不便をお掛けすることになるかもしれませんが、どうかご理解いただけたら幸いです。理想とする丁寧な暮らしに向かって私も第一歩目、進んでみようと思います。

足を動かす"
2020.05.25

足を動かす

好調だった「スクワット」ですが(前回のdiary)1週間目ぐらいから時々、膝が痛くなり(悲しくなります)膝に負担がいってはいけないので、痛みを感じるときはスクワットをせず他の体操に切り替えることにしました。それは何かというと、朝起きた時と布団を敷く時の1日2回の軽い運動と寝る前のふくらはぎマッサージ。

1日2回の軽い運動とは、下を向き両手両足を地面につけた状態で、片方の足を伸ばして上にあげること10回。それを左右入れ替えて。その後に片足ずつ、足首回しを横、上、後ろにおいて各10回。そして最後にヨガのポーズ(太陽礼拝)して終了。

そして寝る前のふくらはぎマッサージは、寝ている姿勢で、片方のふくらはぎを片方の膝にのせて足をゆするというもの。とくに力をいれなくても重力が働いてふくらはぎに膝部分が食い込むので痛気持ちよく、むくんだふくらはぎが自動的にマッサージさせてとにかく効くのです。それが終わったら、4本の手足をぐっと真上にあげてそのままぶらぶらぶらっとする。(幼い頃、母が毎日これをしていて「ごきぶり体操」と言っていました(他に言い方はないのかですが)その後、手を伸ばし上にあげた足の足首から膝裏までをさすり、立っている状況と逆の動き、血流を逆流させる。そして足が軽くなったら終了→就寝。(仕事後のかんかんとした頭が 幾分停止するからか、寝つきも少しよくなります)

この2つのことを毎日続けているとめまいがなくなったどころか、「ふくらはぎ」から少しずつむくみが消えて、うれしいことに少し足が細くなってきたような。ふくらはぎに不必要な水分がかなり溜まっていたようです。

調べると、人間は重力の関係で血液の約70%が下半身にあるとのこと!何もしなければ血流が足で滞ってしまい、私のように貧血、めまい、それ以外にもいろんな病気の原因になってしまうのかもしれません。血をつくる食べ物など栄養も大事ですが食べ物だけ気をつけていてもダメなんだということに気づかされました。

そう、大事なのは血流。歩いたり、体をささえている足。足はそれだけで十分機能を持っているように感じますが、実は足の内部にポンプというさらに大きな役割がある。stay homeで家時間が増えて、外出することが減るとどうしても歩く機会が減ります。田舎にきたら散歩するだろうと思っていましたが、思いの外 車社会で、千葉にいたころより歩く機会がないので身体がめまいを使って知らせてくれたのかなと思います。

足を動かせば、足も細くなるし健康になれるし嬉しいことばかり。意識することって大事ですね。畑のような庭となってしまいましたが、外の空気を吸いに、夕方、石拾いしたり水撒きしたり土を耕すのも毎日ずっと続けています。とうもろこしや人参の芽も出てきました!(人参の芽は雑草にまぎれてしまい摘み取らないよう注意しなければですが)

今を生きているのなら、とにかく毎日元気でいなければ。元気でなければ楽しくない!って思うのです。

photo/
娘の中学の制服。冬服は入学式だけであっという間に衣替え。
夏服を買いに呉服店に行くと、年長の息子に緑の電車をいただきました。
なんともレトロでかわいい電車。ありがとうございます。

何もしなければゼロ
2019.12.15

何もしなければゼロ

今日から小学校は冬休み。

ここのところ、中学受験するという娘と、世界や日本が取り巻く問題を図書館で借りてきたり環境問題などのニュースを見て話したりすることが多くなりました。二酸化炭素の排出が増え続け温室ガスから温暖化が進めば、
異常気象や今年のような大きな台風が来る。未来は大丈夫なのか、考えるととても恐ろしくなります。

娘の今の夢は、国を超え世界の人たちとそうした問題を解決すること。なので、彼女は今、英語の勉強に力を注いでいます。(できれば今は受験科目を勉強すべきだと思うのだけど苦手な算数は、今のままで大丈夫なのかー?)

野草茶に巻いている帯は、環境循環型の「やまなし森の紙」を使用しています。温暖化の原因であるCO2を吸収し、元気な地球を取り戻してくれる大切な森林を守るという考えから山梨県の森林から間伐、伐採されたチップから作られた紙。使うことで、県有林を守り、収益金の一部が山梨県緑化推進機構寄付され、森林の再生や水源の森を守るために役立てられます。靴下の帯も少しずつこの紙に変えていかなければ。

「地球を救う仕事の本」の一文。
「ひとりの力は小さいけれど、何もしなければゼロだ」

微力すぎるけれど、何か少しだけでも動こうと思います。

うまくいかない訳
2019.09.10

うまくいかない訳

これまでずっと一人体制でやってきたし何とかなると思っていました。でも、これからがシーズン。仕事量が増えることを考えるとやはり限界を感じてしまいます。

一人だと報・連・相がない分、処理スピードも早く気楽な部分もありますが、自分しか把握していないことの多さに気が抜けないのも事実。まだ幼い子がいる私は、子供達の日々の体調管理も仕事のうち。体調を崩せば、たちまち色んなことがストップするので、食事や栄養、睡眠の他、習い事、行事までもが頭に入ってきて、仕事とともに「しなければ」の項目として積み重なってきます。こうなると、楽しいはずの仕事がだんだん義務的になってくる。

ダメダメ、それではダメ!ということで夫婦話し合い、募集をかけてみることにしました。

でも待てど待てど来ない。おかしいな。よくよく考えれば、人口密度が低いこの場所にまず仕事にきてくれる人がいるのだろうか。さらにグリュクントグーテを知ってくださる方が何人いるのだろうか。とっても考えが甘かったのです。

期待していたものがうまくいかないと、何でだろうと落ち込みますが、もしかしたら、うまくいってはいけない訳があるのかも…実は8月にこんなことがあったのです。

ショールームをオープンする前の日のことです。テーブルがなかなか決まらず、ようやくぎりぎり決めたテーブルが前日に届く予定になっていました…が、お盆中ということで業者の方が取り扱ってもらえず、急遽、配送できないという連絡が入りました。明日からオープンするというのに、お茶を飲むテーブルが1つしかない。
ありえない出来事でした。

仕方なく、結婚当時からずっと食卓として使っていたテーブルを下の階からあげてショールームに入れることにしました。昔イギリスの図書館で使われていたというテーブルはとても頑丈で山梨にきてからは、ダイニングテーブルではなく、下の部屋でルームシューズの作業台に使っていたのです。

作業台なので、テーブルの端っこにテーブルの幅ぐらいある道具棚を置いていました。
ショールームにあげるべく棚をよけると、棚の下が埃とともに湿っぽく、木が変色しかけていることに気づきました。

それを見た瞬間、突然新しいテーブルがやってこなくなった理由がわかった気がしました。長年使っていたテーブルが、山梨にきた途端そっぽを向いた主人に対して、このままでは僕はダメになってしまうと、テーブル自体が働きかけたのではないか、生きているわけではないけれど、なんだかテーブルの仕業に思えてならない不思議な出来事でした。

案の定、ショールームにあげて、マルセイユ石鹸できれいに擦りオイルを塗るとテーブルは見違えるように美しく、スペースにマッチしました。カフェにきてくださったお客様のほとんどが、そのテーブル席に座りました。

そのことがあってから、すんなり行かない時は、何かが後ろで働きかけている場合がある、と思うようになりました。いいように考えると、今 人がなかなか決まらない理由も何かあるのかもしれません。

よく考えると「なぜうまくいかないのだろう」と思っているのは自分の心だけ。反対に考えると、実はうまくいっているのかもしれない。物は考えようだなと思います。

とはいえ、刻々と時間が過ぎていくので心配になりますが、やるべき努力はして、良い方との出会いを楽しみにしながら、今すべきことを片付けていこうと思います。

*スタッフの募集要項はnewsのページをご覧ください。やる気のある方、手先が器用な方、特技をお持ちの方、靴下が好きな方などなどたくさんの方のご応募を心よりお待ちしております。

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庭に黒玉スイカが転がっていました。
収穫時期遅く、お手入れもきちんとしてあげれなかったけれど、
見事にまん丸に成長してくれたことが愛おしく感じます。

移る
2018.12.30

移る

あと一日で今年が終わろうとしています。

今年の大きな出来事はやはり「移住」ですがそれにまつわる出会いや、新たなご縁にも恵まれて今年はいつもの年とは違う忘れられない一年になりました。

前半は千葉、後半は山梨。移り変わりによって心も暮らしもすべてが変わりました。

真夏の引っ越しのあと、子どもたちの転入、転園をすませ、書類関係も落ち着いたころ、靴下のシーズンに。

例年と同様、「忙」の一文字につきますが、私が企画したものが、たくさんの方のお役にたっていると思うだけで疲れが吹っ飛び、焦っても、眠くても頑張ることができました。そして同時に一人の限界を知る年にもなりました。ご迷惑になる前に体制を整えなければならないと思っています。

グリュックントグーテをこうして続けていけるのも周りのみなさまの支えがあってこそ。今年も一年 本当にありがとうございました。来る年もみなさまにとって素晴らしき年になりますように。良いお年をお迎えくださいませ。

今が花
2018.10.10

今が花

10月は息子の誕生月。

小さな彼をつれて、買い物や散歩、ゴミ捨てなど一緒に外で歩いているとご近所の年配の方からよく声をかけられ、「かわいいこの頃が花よ」とか「今が一番いいときよ」とよく言われます。

娘が小さな頃にも言われような…でもその度に「なぜ今が花なの?」と思っていました。

この年頃の子供を持つお母さんは皆そうなのだと思うのですが食事時は気忙しく、母親は立ったり座ったりゆっくり食べることができないし抵抗力が未熟なため病気をよくもらってくるし、好奇心旺盛で何をするかわからず目が離せないし、とにかく ほっとする時間がなかなか持てないので、「花の時期」という言葉がすんなりはまらないのです。でもようやく、その言葉の本当の意味がわかってきたような気がしています。

小さい頃はママの存在が第一。保育園のお迎え時も、顔が会えば「ママーー!」と走って笑顔で出迎えてくれる。それが当たり前のように感じていましたが、それは今だけなのですよね。

母親の存在というのは、(男の子は特にかもしれませんが)大きくなるにつれ変化するもの。

もうすぐ4歳になる息子。まだまだ赤ちゃんっぽいところも多いのですが、ここのところ、私の言っている言葉だけでなく、その前後にあるニュアンスまで理解していたり一人で階段を下りてトイレに行けたり、絵も上手になったりと急にできることが多くなってきました。

その瞬間、とても嬉しくて「すごいじゃない!」と褒めて喜ぶのですが、よく考えれば、小学生高学年にでもなれば、なんでも一人でできて、ご飯さえあればママの存在がなくても日々過ごせるようになる。しまいには外出が増えて、出ていくのだろうなと思うと(夜寝かしつけたあとなどに )ふと切なくなります。

でもそれは自然界のどの動物もすべて通る道。ひなが巣立って羽ばたいていくように親の役割は、子供がしっかり独り立ちできるように手助けすること。

『小さい頃が花』
どんなに手がかかっても、自分の時間がなくても、身長が1メートルにも届かないかわいい小人とこんなに一緒にいれて、トンチンカンな面白い会話を聞けるのは、今しかない。

それに、子育て、家事、仕事と時間のない焦りから余裕がなくなりきちんと子供と向き合えなかったり、必要以上に強く言って悲しませてしまったり人間としての未熟さが浮き彫りとなって現れるのも、決まって子供との時間の中にあるような気がします。そういう意味で「己」育てができるのも、今こうして子育てに真正面から向き合える『人生の花の時期』なのかなしれないなと思います。

娘が小さな時はいろんな面で未熟だった私。2回目の育児で、ようやくこの言葉が理解できた気がします。早く大きくなってほしいけれど小さくてかわいいままでいてほしいという、どこのお母さんもが通る感情を今、感じています。

3才から4才へ。見た目にあまり変わらないけれど、心の大きな成長に戸惑うばかりの今日この頃です。